カルマを捨てるー心の掃除

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思い切って、”あなたの愛して止まない人生”を手放してみる。

心の声を聞くため、本当の自分(=真我、愛そのもの)への最初のアクセスは、 それがプラスであろうが、 マイナスであろうが全てゴミ箱に捨てることから始まる。
(実際には、これはプラスだ、あれはマイナスと意味づけしているだけに過ぎないのだが)

鳥取県 木谷沢渓谷

このワークプログラムは、記述して客観視できるという意味でセルフ・カウンセリングの1つである。

悪と思われることで目に見えない心、「憎悪」も「執着」も
善と思われることで目に見えない心、「素直さ」も「人類愛」さえも

悪と思われることで目に見える物、「暴力」も「老い」も
善と思われることで目に見える物、「両親」も 「自分自身」 さえも

全てを捨てる。

木谷沢渓谷貯水池 『善悪、見えるもの見えない心』

間もなく、どこからともなく、むせび泣く声が聞こえる。

『全て捨てました、全部捨てたあ』と泣きながら、
人が大きな声を上げて叫ぶのは何故なのか?

良きこと、悪しきこと全てを含んで大切な思い出だったり、
生きるよすがだったりする。

恨みも一時的にはパワーの源泉になる。

種は、「愛」と「恐怖」の記憶によって生き延びてきた。霊長類で最も記憶が発達した人間にとって「怒り」、「憎悪」も身を守る上で大切なものとして保存された「恐怖」や「愛」の別の形かもしれない。

恨みつらみという生きる拠り所を失うこと、人との比較や競争という相対を捨て絶対を生きることは、どこか足元が頼りない。捨てることは意味づけした大切な過去との別れを惜しんでいるのかも知れない。

いくらゴミを捨てるワークをやっても涙が出てこなかったが、
『今、全部捨てました。自分の”愛してやまない人生”を捨てました』という言葉を発した途端、思わず涙が溢れてきた。

鳥取県奥大山ブナ林のトンネル

ゴミもゴミ箱も全て捨て、さあ新しいスタートの始まりです。

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